コラム

ミュウツーの逆襲 evolutionは大人も楽しめる!【クローン問題】

先日、映画ミュウツーの逆襲 evolutionを観ました。

1998年公開されたものの、CGによるリメイクです。

ストーリー的には全く一緒ですが、

1.巨大スクリーン上でポケモンが動く(かわいいので割とそれだけでも満足)

2.映画のもつテーマ、メッセージが大人でも楽しめ、観終わったあとでもそれについて考えることができる。

 

という点で僕としては割と楽しました。

3DCGという所やストーリーが一緒という単なるリメイクという点で、批判的な意見もありますが、僕は気になりませんでしたね。

 

巨大スクリーンの上でポケモンが動いているだけでも癒やされます。

ピカチュウやミュウがとてもかわいいです。

 

ポケモンなんて子供が観るものでしょう?

と冷ややかに見る人も居ますが、いえいえ、今回のに限ってはそんなことはありません。

 

ミュウツーの逆襲は、今はそんな注目される話題ではありませんが、クローン技術の問題がテーマとして僕たちの生活の中で当てはめて考えることができるからです。

(制作側はそんな意図はないかもしれません)

 

20年くらい前は遺伝子組み換え食品やクローン技術によって生みだされた羊の「ドリー」の誕生によって世間を騒がせ、ホッとの話題だったので、映画も時代にあっていたのだと思います。

 

この映画のストーリーをかいつまんで話します。

ミュウツーは伝説のポケモン「ミュウ」の一部から遺伝子操作をして人間の手によって作られたいわば、ミュウのコピー(クローン)です。

 

誕生したミュウツーは、「自分は何者なのか?」

疑問をもち、自分のアイデンティティを探し求めるようになります。

そして、そういう存在である自分を生み出した人間に対しても憎むようになり、逆襲が始めます。

 

確かにミュウから作られたコピーだが、自分は本物である。価値のあるのは私だ。強いのは私であるとミュウツーは言います。

 

オリジナルのポケモンを捕まえ、自分と同じような存在である、コピー(クローン)のポケモンを次々と装置で作り出します。

きっと、それはアイデンティティを保つためだと思います。

 

オリジナルとコピーのどちらが価値があるのか?

お互い争うようになり、主人公のサトシが途中争いの止めにはいって、バトルの犠牲になります。

 

人間が止めて犠牲になることで、オリジナル、コポー含めポケモンたちが涙します。

 

涙がサトシのもとに集まり、不思議な力で助かります。

そこで結局、クローンもオリジナルもひとつの同じ生き物じゃん。

 

という感じになり、ミュウツーは争いから手をひきます。

 

と、簡単にいうとこんな話です。

 

でもこれを自分たちの生活において考えると、

仮にクローン人間が作られたらどうでしょう?クローン人間は倫理の観点から作られていませんが、技術的には可能です。

中国では研究でクローンの猿も誕生しました。

仮にクローン人間を作ったとしたら、その人間のアイデンティティはどうなのか?

そういうこともあれこれ、考えることができるわけですね。

僕もクローンについて興味がでて、改めて調べました。

そういった楽しみ方ができるのはいいですよね。

 

映画が終わったあとにも、あれこれ考えることができるものはいい映画だと思うのです。

 

そういう意味でもミュウツーの逆襲は「いい映画」だと思うのです。

 

 

そして、個人的にはエンディングの曲がすごい好きです。

なんか懐かしい気持ちになるんですよね。